私論 東日本大震災等の教訓を経た災害救助法の改正について

2018年5月27日
菊 地 崇 良

東日本大震災等の教訓を経た災害救助法の改正について

~災害対応の意識を刷新し、今後の大規模災害において被災者の困苦を早期に軽減する~

はじめに

平成23年(2011)3月11日14時46分、未曽有の被害を生起させた東北地方太平洋沖地震は今なお、被災地に深い傷跡と様々な教訓を残している。これまでの阪神・淡路大震災や熊本地震での教訓も併せ災害関連法制や運用の見直しが順次進められているが、災害救助法については、指定都市会が大災害の経験を踏まえ権限移譲の必要性を訴えてきたにもかかわらず、救助の公平性が保たれないとする全国知事会の主張と平行線を辿ってきた。
この度、将来高い確率で発生すると言われている南海トラフ地震や首都直下地震等での災害対応の実の向上を見据え、政府において同法の改正について閣議決定(平成30年5月8日)されたが、いまなお全国知事会側は頑なに反対の姿勢を崩していない。
指定都市への権限移譲の有効性を主張してきた立場でこれまでの経緯と課題及び今後進むべき方向について焦点を絞り論述する。

 

1 東日本大震災の教訓から再度明らかになった災害救助法の課題

(1)災害救助法の概要
昭和22(1947)年に制定された同法は、災害に際して、国が地方公共団体、日本赤十字社その他の団体及び国民の協力の下に、応急的に、必要な救助を行い、被災者の保護と社会の秩序の保全を図ることを目的としており、災害により市町村の人口に応じた一定数以上の住家の滅失がある場合等(例・人口5千人未満で住家全壊が30世帯以上、30万以上で150世帯以上)に適用される。救助は都道府県知事が第1号法定受託事務として実施し、市町村は補助の立場であるが、必要な場合には、救助の実施に関する事務の一部を行うことができる。
その救助の種類は、① 避難所・応急仮設住宅の供与、② 食品・飲料水の給与・供給、③ 被服・寝具等の給与・貸与、④ 医療及び助産、⑤ 被災者の救出、⑥ 住宅の応急修理、⑦ 学用品の給与、⑧ 埋葬、⑨ 死体の捜索・処理、⑩ 住居またはその周辺の土砂等の障害物の除去などが定められており、救助の程度・方法・期間については、内閣総理大臣が定める基準に従い都道府県知事が定める現物で行うことを原則としている。
また、救助に要する費用は都道府県が支弁するが、都道府県の普通税収入額の割合に応じ、50~90/100を国が負担(国庫負担)することになっている。なお、同法22、23条で、都道府県に災害救助基金の積立を義務づけている。
(2)同法制定の背景と近年の指摘のあらまし
災害救助法は、戦後間もない昭和22年当時の小規模な市町村が大多数であった社会環境を前提とし、また、大規模広域災害を十分に想定していないこと、昭和31年の政令指定都市制度の導入や平成の大合併と近年の大規模広域災害の頻発の変化に対応しておらず、救助の実施主体が指定都市区域においても都道府県知事に存しており、社会の実態に合致していないことが阪神・淡路大震災以降、度々、指摘されてきた。以下、災害救助法の見直しに向けた取り組みのきっかけとなった過去の災害と、都度の議論について述べる。

 

2 過去の災害における災害救助法に関する主要な議論(主に指定都市)

(1)阪神・淡路大震災(法制定の昭和22年からの経年変化による実態不適合が顕在化)
平成7(1995)年1月17日に発生した兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災においては、特に震源に近く甚大な被害を受けた神戸市が、救援物資の内容、避難所の住環境、健康維持のための提供食の栄養バランスやメニューの単調さの問題点のほか、昭和22年に制定された時代の生活水準や都市化・高齢化、災害の長期化などによる避難所、仮設住宅の設置期間等が、当時の法の想定をはるかに超えていたこと、また、兵庫県では、「市町村に権限を委任する規則」における救助の種類のうち、震災前には前述の ①~⑩ までが兵庫県から神戸市長に委任されていたにもかかわらず、発災直後(1月17日)に広域にわたるものを阪神・淡路大震災に限り知事が行うとの規則改正をしたことから、応急仮設住宅の建設に係る兵庫県と神戸市の間での調整に時間を要し、迅速性を欠いたと述べている。
これらのことから、現代の都市型の大震災では、住民に最も身近な行政主体である政令指定都市に都道府県と同等の権限を付与し、そのニーズに直結した迅速的確な応急救助をする必要がある と振り返っている。
当時、県は広域での物資統制を図る狙いで規則を改正したと思われるが、平素の準備を無にする突然の改正による後退的な措置に、災害対応の見積もり不足を否むことはできまい。

(2)東日本大震災(仙台市における主要な支障の事例)
これまで東北市長会と宮城県市長会、また、指定都市市長会災害復興部会の部会長市であった仙台市は、東日本大震災で被災した唯一の指定都市の立場から、将来と内外に防災・減災の教訓を発信する責務 があるとして、発災直後から、更に熊本地震を経て災害救助法の権限を県知事から指定都市市長に移譲することが必要と以下の観点から提言している。

ア まず、指定都市が法主体でないことによる主要な支障の事例として、阪神・淡路大震災と同様にプレハブ仮設住宅建設の遅延と仕様等の選定における困難さを指摘している。実際、仙台市では、建設用地を早い段階で確保していたが、県が広域での整備バランスを重視して住宅建設のスケジュールをコントロールしたため、着工を相当期間待つことになった。具体的には、3月28日~6月15日までの期間で7次にわたり1,505戸のプレハブ仮設住宅を建設したが、発災後1か月を過ぎた段階では、着工戸数はわずか350戸程度であり、被災者から厳しい批判が寄せられた。宮城県内の他の自治体からも同様の厳しい指摘が県になされている。仙台市では自ら発注・建設する場合に比して、約50日から少なくとも1か月は完成が遅れたと試算している。

イ 同じく、借上げ民間賃貸住宅の調達においても、現物給付の原則に従い、権者である県が貸主(大家や管理会社等)から物件を賃借し、県から被災入居者に無償で提供するといった16段階にも及ぶ手続きによって、膨大なマンパワーの確保、県から貸主等への賃料支払い事務の遅延、被災者や貸主等への事務手続きの遅延などの問題が発生し、多くの課題が残ったとしている。

ウ また、市町村には、仮設住宅の仕様等についての決定権がなかったため、被災地の実情やニーズに応じた改善ができないことや、入居後の工事のやり直しなどによって、無用な労力と時間を要し、仙台市においても被災者に負担を強いる恨みを残した。
降雪降雨に始まり寒暖差が激しく、PTSDを含む精神的不安と高齢化問題を抱える被災現場では、トイレ・風呂等における不自由、安眠確保・プライバシー保護の困難、感染症罹患リスクの低減を早期に図ることが求められており、被災者の健康悪化などによっての災害関連死を予防するための住環境の改善は重要課題である。
仙台市は、4年で概ね仮設住宅から別の居住手段に移行できたが、紆余曲折を経て、今なお全国に仮設住宅等での生活を長期にわたり余儀なくされている被災者の方々が数多く存在(47,637名/平成30年4月12日現在 )していることを忘れてはならない。

エ その他に、発生直後一か月に避難所での食料提供にあたり、栄養の不足・偏りによる避難者の健康被害防止のため、救助の迅速を最優先とし、市独自の市場調査や保健師などで専門職責を支えた検討を経て、一般基準額を超える額の上限引き上げ(1,010円/日→1,300円/日)を市の自己負担覚悟で決定したところ、9日後に県から国に協議がなされ、発災日に遡及して基準額が増額(→1,500円/日)された。
このようなケースもあったが、県経由の国への協議と自己負担を躊躇する自治体の判断の遅れによって、被災者に健康上の不利益等を受忍させる事態が生起しやすい事情についても主張 している。

(3)熊本地震(みなし仮設住宅提供における柔軟な対応の遅延)
平成28年4月14日に発生した熊本地震では、震災後に住宅事情が逼迫し、2DK以上の空き家物件が少なくなり、多人数の被災世帯からの要望に応じきれなくなった。このため、1Kまたは1DKの物件を2セットで提供すべく県と協議を重ねたが、認可まで2ヵ月以上を要した。熊本県側も、市町村から追加の建設要請が続き全体戸数の把握が困難であったと述べている 。
災害時には膨大な業務が発生しマンパワーが著しく不足する事態となるが、加えて、同じく繁忙を極める他機関との折衝にあたっては、事前の資料作成、打ち合わせ、連絡・調整に多大な時間と労力を要するため、被災対応の前線にある自治体の負担は更に過重となり、結果、被災者目線での早期の改善策実現の大きな障壁になると総評している。

 

3 現行の災害対応法制の包括的問題点
次に、これらの大災害への対応を経て明らかになったいくつかの問題点を包括的に3つに分けて整理したい。

(1)災害救助に関し指定都市の市長に主体的な判断・決定協議権限が欠如
指定都市は、平素から大規模な市域と人口を擁し災害対応のノウハウを蓄積しているにもかかわらず、救助内容が救助基準に適合するか否かの判断権限や、特別基準に係る国との協議権限を有していない。これにより、救助の基準適合性に疑義がある場合や、ボーダーライン上に位置するようなケースでは、委任元の都道府県にその都度確認しなければならず、災害対応の混乱と繁忙の状況下における調整・協議にマンパワーと時間を徒に要してしまうため、避難所等の劣悪な環境にある被災者に対し、迅速で適切な救助が行われない、或いは著しく遅延する事態が想定される。

(2)事務委任の未確定性(権限の不安定さ)
平成27年3月31日に内閣府が発出した各都道府県知事への通知では、被災状況に応じた迅速な応援救助のため市町村が対応することが有効であるケースも想定されることを認め、都道府県が法による救助の実施に関する事務委任を積極的に活用することが望ましいことなどを示した 。現行法においては適切な運用・措置であると考える。
しかしながら、事務委任は、災害発生後にしか行いえないとされている(内閣府見解)ことに加え、阪神淡路大震災のように、事前に市に調整されていた委任事務が知事の裁量で取り止められたり、不意に追加・変更されたりするケースがないとは言い切れず、その場合は発災後の混乱が拡大する恐れがあろう。また、まさに「災害の規模や状況は千差万別であり、必要とされる救助の内容や程度も災害ごとまちまちである 」ため、事前の事務委任の協議段階では想定し得ない事態に対する現場(市町村)での柔軟で迅速な判断が求められることも否定できまい。

(3)災害救助法の立法趣旨と実態の相違及び国民保護法との不整合
昭和22年法制定当時に都道府県知事を救助主体とした理由は、市町村において財政力不足を理由に救助が遅延しないようにするためのものであり、中小市町村のバックアップを期するものであると読み取れるが、その後の昭和31年に政令指定都市制度が導入された変化や、実際の災害対応において救助権限の大方が指定都市に委任されている実態が反映されているとは思えない。現に災害救助法の「救助」とほぼ同等の内容である国民保護法(「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」平成16年成立)の「救援」においては、指定都市区域における多数の住民に対する都道府県による救援実施が困難と想定 されることを挙げ、その権限の主体を指定都市と位置付けている 。

 

4 国に対する災害救助法見直しに係る要望の経緯と国・全国知事会の対応

(1)指定都市の動き
これらの問題を強く認識した指定都市は、阪神・淡路大震災の後、平成8年に「地方分権推進に関する指定都市の意見 」の中で応急救助に係る権限の移譲を求めて以降、東日本大震災を経験した仙台市が平成23年から毎年実施している独自要望と熊本地震の教訓を後押しする形で、「基礎自治体であると同時に、大都市としての総合力を兼ね備えている指定都市が、災害時においては救助等の事務・権限について自ら包括的に担うことが適切であり、その能力を十分に発揮できる自立的かつ機動的な体制を確立するとともに、被災地全体の視点からより迅速・的確な救助を可能とすべき(抜粋)」趣旨で、翌年平成24年以降、指定都市市長会による要望(平成24、26、28、29、30年)や、地方分権提案募集制度の提案(平成26、27年)を行ってきた。
地方分権提案募集への全国市長会・全国町村会からは、指定都市の提案への尊重と自ら対応できる部分では基礎自治体が主体となって行い、支援を必要とする場合には県などに委託するなどの状況によって柔軟に選択できる仕組みを望む意見 もあったことから、指定都市以外においても一律的な都道府県による権限の執行を必ずしも最適ではないと感じていることが窺えよう。

(2)議会の動き
全国の被災自治体や指定都市議会においても災害救助法の課題について種々議論されていると聞き及ぶが、特に、指定都市当局の動きに連動して、20政令市の市議会議長で構成される「全国市議会議長会指定都市協議会」が、2度にわたり内閣官房長官、内閣府防災担当大臣への要望活動(平成26、29年※)を行っているほか、指定都市行財政問題懇談会(平成29年11月)での政権与党への要望や自由民主党政令指定都市議会議員連盟「北海道・東北ブロック政策研究会」(担当・仙台市議会自民党会派。平成29年5月)や同「連盟総会」(担当・熊本市議会自民党会派。同11月)における審議・決議など様々な場での連携や働きかけも奏功し、20政令市議会すべてにおいて法改正意見書を議決し国に要望書を提出(同10~11月)し、国の取り組みを促した。
これらの一連の行動が、地方分権改革と大都市制度検討の深化、東日本大震災や熊本地震など近年激甚化している各種災害への危機意識の向上、人口減少社会における二元代表制の一翼を担う責務の自覚の変化の顕れであると信じ、また、議会の監視・調査権の執行はもちろん、条例制定・改廃等の政策立案機能の全国組織的な連携・強化に向けた更なる動きにつながることを期待したい。

※ 平成26年:菅内閣官房長官、谷垣自由民主党幹事長
平成29年:菅内閣官房長官、小此木防災担当大臣、岸田自由民主党政調会長
(3)国・全国知事会の動き
これらの指定都市及び議会の度重なる要望を受け、国は、平成28年12月、将来の大規模災害に備えた救助の実施体制や広域調整のあり方等について検討・調整を行うため、メンバーを内閣府、4指定都市(仙台・横浜・神戸・熊本市)、5県(宮城・神奈川・三重・兵庫・広島県)とした内閣府主催の実務検討会を設置し、見直しに向けた取り組みを開始した。
3度の実務検討会と3度の作業グループ会議を重ねたが、市長会側からの「権限の一律移譲が必要であり、双方の事前調整や情報共有により県の懸念する支障は解消可能」との意見と、知事会側の「救助主体の分割は知事の広域調整・資源配分機能を毀損。現行法の委任制度の活用で十分」との見解が分かれたことから、国は権限移譲を希望する指定都市の長が、知事と事前に協議を行い、双方が合意した場合に権限を移譲する「合意方式(仮称)」を提案(平成29年6月)したが、一定程度の評価をした市長会側と異なり、一部であっても賛成できないと知事会側の姿勢は頑ななものであった。
これを受けて、国は新たに、都道府県と同等の災害対応能力を持ち、権限移譲を希望する指定都市を、内閣総理大臣が指定し、災害救助法の救助主体とする(都道府県の広域調整機能の明確化も含む。)方式の「指定制度(仮称)」等を提案(同11月)した。
しかしながら、防災担当大臣から30年度通常国会での法案提出が明言(同4月20日)の見通しが出てきた段階に至って、全国知事会長名で権限移譲の反対声明(同3月30日)を発するなど、知事会側の反対の姿勢は一向に変わるものではなかった 。
平成30年5月の閣議決定後も、全国知事会が遺憾の意を表明した。

 

5 災害対処(危機対応)等での行政の平等と公平・公正の原則適用の適否
知事会側の主張に「救助主体の分割は知事の広域調整・資源配分機能を毀損。現行法の委任制度の活用で十分」とあることの適否について分析する。なるほど確かに都道府県の役割の柱には広域調整業務があり、これによって国・市町村と連携し公平・公正にして平等の原則をもって県民・市民の相対的利益の均衡を図るため、これに努めることは全く正義であると認識する。しかしながら、災害対応等の危機事態においては、上記行政原則の適用が必ずしも正解ではないこともありえることを考えなければならず、2点簡潔に論じたい。
1点目は、権限移譲によって、都道府県の広域調整の枠から遊離・独立するのではないということである。権限移譲のメリットは都道府県と指定都市が、協力して同時に救助を実施可能とすることであり、都道府県の広域調整機能を否定するものではなく、むしろ全体の災害救助負担の軽減・解消のための効率的分担を狙いとしている。
指定都市が、平素からの地域住民の行政サービスを基盤とした災害時における課題解決のためのノウハウと力量を有していて、大規模な市域と住民に対し、現地の実情に応じて柔軟性をもって迅速・的確に対応することから、細部事務手続き等に係る都道府県の負担軽減効果が期待され、むしろ、都道県内全体の広域調整と指定都市以外の市町村の救助・支援に注力できることである。
2点目は、危機事態における対応では、総量としての危機回避のための思考を持たなければならないということである。少々乱暴ではあるが端的に例示する。目前に1,000人乗った船と、500人乗った船が沈みかけており、救助船が一隻しかない場合、どのように状況判断するのか。不公平なのでどちらも助けない、ということはあり得ない。複雑な条件設定や運用がない前提で想定するならば、先に多くの命を助ける判断をせざるを得ない。支援物資が2つ届いたが、避難所が3つあるので配らない、といった東日本大震災における現実のエピソードがある。災害医療の現場で緊急度と重症度によって治療の優先度を決定するトリアージと、大きく見れば同様・同種のことと言える。
災害等の緊急事態においては、被災現場の特殊性に向き合わなければならず、救助の手をその時々の状況に応じながらも、総体・総量の解決のため最も効率的・効果的な手法と優先順位をつけて実施しなければならない。戦力の逐次投入 ではいけない。住民感情への配慮と公平性の原則に十分考慮すると同時に、ランチェスターの方式を災害救助に適用する思考過程が行政にも強く求められよう。

 

6 災害救助法の一部を改正する法律案の概要と今後の動き
平成30年になり、内閣府は知事会に更なる説明を重ねた上で、災害救助の円滑かつ迅速な実施を図るため、新たに救助実施市が自らの事務として被災者の救助を行うことを可能とする制度を創設するため、法改正について5月8日に閣議決定した。法案の概要(主要な加筆、修正点)は、

①【救助実施市の指定】内閣総理大臣は、申請に基づき防災体制や財政状況等を勘案
し、救助実施市(指定都市を指定。具体的な基準は内閣府令で規定)を指定するもの
とする。また、指定に際しては、内閣総理大臣はあらかじめ都道府県知事の意見を聴
く。
②【都道府県による調整】都道府県知事は、救助に必要となる物資(食料や住宅資材等)
の供給等が適正かつ円滑に行われるよう、救助実施市の長及び物資の生産等を業とする
者、その他の関係者との連絡調整を行う。
③【災害救助基金】救助実施市は、救助費用の財源に充てるため、都道府県と同様に災害
救助基金を積立てておかなければならない。

となっており、引き続き災害対策基本法第72条第1項に定める都道府県知事の指示権等について変更はなく、都道府県は救助実施市と他市町村の調整によって広域でのバランスを図るとともに、救助実施市以外の市町村における救助に注力できることになろう。
また、国は、改正効果として、最大2,700万人(全国20指定都市の総人口)の被災者の救助を迅速かつ円滑に行えるようになり、その他の市町村の被災者の救助も迅速化されることが期待できるとしている。5月7日の閣議決定後、平成31年4月1日の施行期日まで、関係法令を順次整備する運びになるであろう。

 

7 法改正を受けて都道府県と市町村が向かうべき方向への私見

(1)法改正の評価等

今回、全国知事会は、法改正によって道府県による災害時の広域調整・資源配分機能が毀損されると主張し続けた。市町村が基礎自治体である所以は、平素から清掃、消毒、環境保全、住民票や戸籍管理、教育・文化施設の設置・管理、消防・防災・防犯等の市民生活の百般に関わる基本的構成部分に従事することによる。
一方、都道府県は市町村を包括する広域の自治体として、広域事務、連絡調整事務、補完事務の3種類を処理すると地方自治法2条5項に定められている。市町村の包括とは、地理的にこれを包み込んでいることが趣旨であり、上下関係を規定するものではなく、あくまで広域・連絡調整・補完事務の役割に則ったものである 。
広域における大規模災害等の危機事態においては、やはり国・都道府県・市町村の総体としての早期における被災者等の苦境の解消のため、統一組織的な災害等対応のための運用等がなされることは当然のこととして求められるし、都道府県の調整機能も発揮されなければならない。しかしながら、都道府県は、市町村に比し当然のことながら市町村民生活に直接関わる慣熟の度合いは大きく劣ること、災害時においては生命・健康と財産保全のための迅速な判断と措置が求められること、また、指定都市は市域および住民数が大きく、市町の権限に属する事務を分掌するため区を設置していて指揮・統制等にもう一段階階梯があること、指定都市と道州制の議論は別の機会に譲るとして、地方制度調査会の提言を受け指定都市の都市内自治の強化が進められていること などから、救助実施市に指定都市をあてる今回の法改正は妥当なものであると考える。ただし、都道府県の大規模災害等の発生時における、広域における危機管理(危機の予測及び予知、防止または回避、対処と拡大防止、再発防止 )の知識・対処能力の不断の維持・向上は引き続き高く求められるべきことは疑いなきものである。

(2)南海トラフ・首都直下地震等災害への備えの促進のために
関係自治体は閣議決定から法施行までは1年に満たないところであるが、これを時間の余裕がない、或いは県との関係や業務の増加・多忙を理由に対象外だと決めつけてはならない。政府の地震調査委員会は、南海トラフ地震の今後30年以内の発生確率を「70%から80%」と予測し、次の地震が切迫していると指摘している。また、国の想定 では、関東から九州の太平洋沿岸を中心に激しい揺れや大津波に襲われ、最悪の場合およそ32万3,000人が死亡するおそれがあるとされる 。首都直下地震は今後30年以内に発生する確率は約70%とされ、東京都による最悪の被害想定では、建物倒壊等と合わせ最大約97,000人が死亡する恐れがあるとされる。
被災者の数は正確なデータを把握できていないが、東日本大震災の死者行方不明者がおよそ2万人であることを考えると、それらの規模はとてつもないものになると推測されよう。特に、太平洋ベルト地帯に位置する神奈川県と横浜・川崎・相模原市、静岡県と静岡市・浜松市、愛知県と名古屋市には、災害救助法改正を踏まえた権限移譲と、それぞれの業務フローの確立や関係諸団体・事業者等との協定の締結、被害や混乱を回避するための市民レベルでの共有と改善のための啓発と訓練等の準備などについて、喫緊の案件として早急に取り組むべきである。災害の備えに決して後回しがあってはならない。

 

おわりに

「指定都市が救助の実施主体になるべき」との議論は、阪神・淡路大震災、東日本大震災、そして熊本地震の発生の都度、繰り返されてきた。南海トラフ地震など、広域かつ大都市への甚大な被害が想定される大地震や近年の災害の激甚化が危惧される中、被災者の早期の救助を可能とし、被災地全体として、より迅速かつ的確な救助活動が可能になる法改正がなされようとしている中で、神奈川県知事は平成30年4月18日の定例記者会見で「県民の命を預かる立場でマイナスになる改正には最後まで抵抗する」と述べ、反対姿勢を改めて鮮明にした 。東日本大震災の激甚被災市の宮城県知事は、定例記者会見において、「仙台市だけ(プレハブ仮設住宅の)建設が早く進み、それ以外の自治体は遅れてしまう」などとの持論を展開した 。
現実の大規模災害で塗炭の苦しみを体験した被災地で直接被災者に向き合ってきた市町村の経験と教訓を、命を預かる立場の者はしっかりと追体験して実相をリアルに想定しなおした上で、未曽有の錯誤と混乱の状況下で何を統制し、何を現場(市町村)に任せるべきなのか改めて構想してもらいたい。
これらの状況を踏まえ、閣議決定後も例えば、自由民主党青年局が定期的に行っている被災地巡回訪問における仙台市震災遺構の荒浜小学校視察(平成30年5月)で、仙台市議会議員(小職)から東日本大震災における実情と教訓、災害救助法の課題について現地の声として伝え将来の南海トラフ地震等への備えを強く訴えたが、今後も引き続き各種の場面や手段を通じ、指定都市会はもちろん、特に、大災害を経験した自治体(県・市町村)、また、南海トラフ地震の脅威に直面する自治体は、大災害の実相を自らに都合の良い想定や我執を排し、ひとびとの命と生活を守る責務に襟を正して取り組んでいかなければならない。
今回の見直しが、危機事態における国・自治体の取り組みは、平素の業務の原理・原則を一律的に適用することが必ずしも正解でない場合もあるということについて、多くの方々が意識を新たにする機会になり、国民・県民・市民の生命・健康・財産の保全を図る災害救助のための体制の構築と関係法規類の整備、更には、国・自治体の運用力が向上されることを切に願う。(以て、誰もが安全で安心な社会の実現に繋がってくれればと切に願う。)